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2012年10月12日 (金)

2012年 紅葉狩り @池ノ平

H24/10/5~8

出発3日前頃から急に腰痛になった。

中腰にしゃがみ込む事がなかなか困難な状態だった。数か所行きたい場所があると主人は迷っていた様子だったので、「腰が痛いから今回はオートキャンプとかにしたら?」と提案したが、高い山の上に行かないとまだ紅葉していないからと言う。
「毎年行かないでもいいのでは」と言うと「今年の夏は暑かったから例年にない程紅葉が綺麗らしい」と言う。
今回は諦めて主人を一人で行かそうかと思ったが、家で留守番中に今頃主人はさぞかし綺麗な紅葉を眺めているだろうともやもやするに違いないと容易に想像ができた。
なんとしてでも腰痛を治さなければと3日連続で腰痛に効くと思われるような施設をあちこちはしごした。
その甲斐あって除所に改善されていったが完治したわけでもなかった。
主人は当初テン泊装備で行こうかと言っていたのでそれは却下した。お金がかかるが今の状態で重い荷物を背負う事は無理な話なので小屋泊まりにする事にした。

10/3(水)主人からメールが入った「池ノ平に行く事にします。」という内容だった。
明日の腰の調子をみて返事する事にした。10/4昨日よりはましになったと言ったら、早速、主人は山小屋に予約の電話をかけた。

10/5(金)立山駅に隣接してある無料駐車場になんとしてでも車を駐車したいので今晩8:00には家を出たいと意気込んだ。
郡山イオンで買い物を済ませ、京滋バイパス~北陸道~立山へと向かった。
いつもより早く家を出たので思った以上に早く駐車場に着く事が出来た。(12:00頃)頑張った甲斐あって駐車スペースには余裕があった。
適当と思われる所に駐車して車の後ろにある歩道にテントを張って就寝した。

10/6(土)5:00起床。
周りの登山客も準備に追われて騒がしくなってきた。同じようにテントを張られていた方もおられた。
当然の事ながらすでに駐車場は満車状態であった。
こんなにも早く準備して切符売り場に行ったにもかかわらずすでに長蛇の列ができていた。切符を買うのも一苦労であった。
手にした切符は始発便ではなかったので駅で一時間くらい時間を潰す事になった(6:30発)。ケーブル・高原バスと乗り継ぎ室堂に着いた(7:40)。これで立山に来たのは何回目になるだろうか?

トイレ休憩を済ませて、出発である。みくりが池で写真を撮る為立ち寄った。
雷鳥平ではすでに数張りのテントが張られていた。ナナカマドの真っ赤な紅葉樹に感銘した。周りの山壁も鮮やかで今年は当たり年だと思った。
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ここから先は急騰な登りになり一般観光客はなかなか足を踏み入れない場所になる。
剱御前小舎への登りはいつ来ても大変で長くて険しいものである。
時々振り返ると室堂周辺を探索するだけでも十分紅葉を堪能できる素晴らしい景色だった。
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息を切らしながらやっと剱御前小舎前に辿り着いた(10:00)。

小屋の前は風がきつい為、剣沢小屋まで下った所で休憩をとる事にした。
ここまで来ると剣岳がまじかに見える。私の知り合いに剣岳が大好きな方がいるので携帯から写メを送ってあげた(感激してもらえてよかった)。
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ここから少し下って行くと雪渓が現れる(剣沢雪渓)。
私たちが軽アイゼンを装着していると単独で来られた女性の方が声をかけてきた。
今回このルートは初めてなのでといろいろ聞いてこられた。
皆さんアイゼンを履かれているが履いた方がいいのか?雪渓を下って行くだけでいいのかとか聞かれた。
「下りの雪渓なのでアイゼンを履いた方が良い事とクレバスに気を付けて雪渓を下っていけばいいよ」と教えてあげた。
彼女はまだ不安を隠せない様子で対向してくる登山客に道の様子を尋ねたりしていた。

少し雪渓を下ると警備隊の人が立っていた。
今年は雪渓が薄い為、クレバスもあちこちあって危険な為、無理やり作った道を高巻きしなければならないのである。
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所どころで雪渓に戻り、再びアイゼンを履くであろうと思い込んだ主人はアイゼンを着けたまま道を進んで行った。
ロープをつたって懸垂する危ない箇所も無理してアイゼンのまま下降していた。
私はアイゼンを脱いで下降したがそれでも難儀したので主人はさぞかしと思った。
そして高巻きの岩稜歩きは結局雪渓が終わるまで続き再びアイゼンを履く箇所は無かったのである。
こんな事なら早々とアイゼンを脱いでおけばよかったと主人が言った。

そんな事で余計な神経を使った主人は真砂沢ロッジに着く頃、ばてていた(14:00)。
池ノ平まではまだまだ遠い。「今晩は真砂沢ロッジで泊めてもらおう」と主人が言った。
が!!あっさりと小屋の主人に断られてしまった(泣)。

今から仙人新道を経て池ノ平に着く頃には日が暮れてヘッデンを点けて行く事になると想像したら不安になってきたそんな矢先、元気なグループの方が仙人ヒュッテへ向けて出発していた。
その中に雪渓を下る時声をかけてきた女性が混ざっていた。
彼女は初めての道なので勇敢にも知らない人達に声をかけて目的地へと向かっていた。
真砂沢ロッジの主人も協力して「山仲間として一緒に歩いて行ってね」と助言をしてあげていた。
小屋の主人はそんな優しい一面もあるが、我々には厳しかった。
「もうすでに30人は断っているから」と言ってあしらわれてしまった。
ここまでならまだまだお客さんがたくさんやって来そうである。
ただでさえ定員オーバーなのにたくさん来られても小屋の方々も大変なのだろう。

ここの小屋に泊まる事は諦めて、池ノ平小屋に向かって歩きだしたのであった。
登ったり下ったりの繰り返しの高巻きに疲労が重なる。
二股の所で休憩した(15:00)。ここから仙人新道と呼ばれる急な登りに入る。
ずいぶん登ったはずなのにまだ標高にして200Mしか登ってないと主人が言う。後400M登らなければならないと言われ、まだ半分も登ってない事に気が遠くなった。そしてとうとう左足の神経に違和感を強く感じるようになって来た。
左足をかばいながらペースは大幅にダウンする。
「腰痛の妻を連れて来る場所ではないと・・・ぶつぶつ」後からやって来られた数名の方に追い越された。
これでとうとう我々が最後尾の登山客となってしまった。

だんだん日が暮れて来た。後、標高100Mは登らなければいけないと主人が言ったが、標高の計算を間違えたのかカーブを曲がると、仙人ヒュッテと池ノ平に分かれる峠に差し掛かった。
そこで池ノ平方面から元気なおばちゃんが登って来られた。
私たちを見て、「日が暮れるまでに着けて良かったですね」と言われた。
時刻は17:30だがなんとかまだライトを照らさなくても見える程度だった。
ここから30分で池ノ平小屋である。小屋の外でスタッフの方がお出迎えしてくれた。到着が遅いので「ばてた?」と聞かれた(SOSO)。

小屋に着くと自家発電機で沸かした家庭用のお風呂があるのでお風呂に入って汗を流す事ができて良かった。その後食事を頂き、20:00就寝した。

10/7(日)4:00に朝食の準備が出来ている。小屋の中では早い支度である。
2~3回に分けて代わる代わる朝食を済ませた。
本日の天気はいまひとつであった。ここは写真の好きな方にはたまらない秘境であるがゆえに時間の許す限りゆっくりしたい場所である。その為か我々と同じように連泊される方も大勢いらっしゃった。
ここの小屋には4年前に泊まった事があるので山小屋のオーナーである菊池さんとは面識があった。
大変親切にしていただいて、お客さんを大切にするよくできた人だった。今回もお会いできる事ができて本当に良かった。
まさか!!菊池さんが私たちの書いたブログをインターネットで見ているとは夢にも思わなかったので思いつくまま素直に書いたのが受けたのかわざわざ家にまで電話をくださったり、私たちのブログを紹介してくれたりしたので驚いた事があった。
菊池さんの人柄に魅了された主人は年賀状を送ったり、気に入った写真を送ったりしていた。
ここに泊まられたお客様から送って来られた写真や絵画を一枚いちまい大切にしている様子が壁を見ると一目瞭然であった。主人の送った写真や年賀状も飾られている。本当に嬉しいものである。上手な方達の写真の中に飾られているのは嬉しい半面恥ずかしいと主人が言っていた。

8:00過ぎに平ノ池に写真を撮りに行った。ぱっとしないお天気なのでお池の周りに三脚をたてている方も気長にシャッターチャンスを待っていたが、じっとしていると寒いので切り上げて行った。
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主人もひとまず諦めて、池を周回する事にした、お池を一周して小屋に戻ろうとした時、晴れ間が現れた。
再びお池に戻って撮影開始した。すると一旦引き揚げていたカメラマンの女性が再び現れた。お池から小屋まではすぐ近くなのですが、高低差があるので往復するのは楽ではないはずなのに(驚)。
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小屋に戻るとそろそろお腹が空いてきたので、ここの名物である点の記ラーメンを注文した(映画:剣岳・点の記にちなんだもの)。
チンネの山容を眺めながらお外のベンチで食べる事にした。3種類の味があるはずなのだが、もうすぐ小屋じまいをする為、醤油味しか在庫がなかった。やっぱりおいしかった。値段も地上とほとんど変わらない800円と良心的である。
隣のベンチで自炊している山ガールのおねえちゃんがじゃがいもやら野菜やらをたくさん持って来て食事を作っていた。私たちが食べているラーメンがおいしそうな事とお値段がお手頃なので重たい食材を持って来る場合じゃないと言われていた。こんなに食べないからと大きなかりんとうをごちそうになった。

そうこうしているとポツポツ雨が降り始めたのでせっかくのラーメンに雨が入るとまずい為、小屋の中に入って食べた(11:00)。山ガールの二人組は屋根のある乾燥室で煮炊きして食事をさせてもらっていた。
宿泊客ではないので遠慮していた様子だった。
小屋の中で主人とラーメンをすすっていると、通りすがりのグループがやって来て食事を頼んでいた。
山小屋の仕事の中で一番空いている時間帯なのだが、小屋のスタッフが唯一休憩できる時間帯でもある。
掻きいれ時の忙しい時期は予定外のお客様はあまりいい顔をされないようであった。メニューはいろいろ種類があったが牛丼かカレーのどちらかに絞られていた。

お外にいた例の山ガール二人組を小屋のスタッフの一人が小屋の中に入って休憩したらと言われたみたいで、可愛らしい女性が中に入ろうとしていたが、宿泊客ではないので厳しく断られていた。どんなに可愛らしい女性だろうとやはり小屋のルールというものがあるし、他のお客様に対してもけじめがつかなくなるので正しい判断なのだろうと思った。あんなに人当たりのいい管理人さんであるが、なんでもかんでもいい顔をしているわけではないのだと思った。山小屋の管理人をするにはいろいろな顔を持っていなければならない厳しい仕事なのだろう。だからこそ小屋を切り盛りできるようになれるのだろうと思った。

お昼から天気が回復すれば池ノ平山に登ろうと思っていたがお天気はますます悪くなり雨がザアザア降り始めたので、今回は池ノ平山に登る事を諦め、小屋の中に置いてある本や写真集を見たりして時間を費やしたりした。そうしていると山岳ガイドSさん率いるツアー客が小屋に到着した。
主人が先に気がついて私に「先生に挨拶した?」って聞くので「まだ」と言った。
私と主人でどちらが声をかけるか戸惑っていた。主人を見ると何やら照れくさそうな顔をしているので私が声を掛ける事にした。
「Sさんこんにちは」と言うと私の事は何処かで見覚えがある人だと思っていたと言われた。大勢いらっしゃるお客の一人なのではっきりと覚えていらっしゃらないのはしかたがないと思うが、他のお客様との会話を聞いていると人の顔を覚えないのはSさんの性格のように思えた。
男性の方には「よっぽどの美人でない限り憶えていない」などとお茶を濁していたりしていたからである。
芸術家はどこか一般の人とは違う感性を持っていて一般的な風習には疎い面があるのではないでしょうか?
本日この小屋で宿泊する日にちも間違えてお客様を率いてきた様子だったし(@_@;)。黒部の主とも言えるS氏の写真は誰もが同じように撮ってみたいと思わされる程迫力のある素晴らしいものであるし、山岳ガイドも難易度の高い危険な場所にお客様を連れて行ける程の実力があるすごい人であるが、ちょくちょくおっちょこちょいな事をするのでおもしろい人という評判をよく耳にする。
お酒のつまみを出して主人も話しをする事ができて良かった様子。
小屋に宿泊しているお客様のほとんどはS氏の事を知っている方で写真の事で話が盛り上がっていた。
次回出版される「トキ」の写真集の宣伝も話の内容に含まれていた。

お外はまだ雨が激しく降っていた。
小屋のテレビ画面の一部に明日の天気は晴れと表示してあるが「本当に明日晴れるだろうか?」と心配されている男性客がいたので私は「山の天気は変わりやすいからいい方に変わるのでは」と言ってあげた。

夕方4:00まだお腹は空いてなかったが人数が多い為、早めの食事が用意された。
数回に分けて宿泊客の食事を済ませた。小さな山小屋は狭いので自分の寝床で全員の食事が終わるまで待機したりした。

このまま寝てもいいけれども、虫歯になりやすい私は歯を磨かないと寝られないと思い歯磨きセットを片手に外に出たら、夜空の星がキレイに輝いていたのに気がついた。
さっそく主人に知らせてあげようと思って小屋に入ろうとしたら、ちょうどカメラを持って外へ出かける主人と鉢合わせしたので良かった。
お山の上でよく星空を眺めたりするが肉眼でこんなにも無数の星が輝いている夜空を見たのは初めてである。
夕方まで降っていた雨が止んでお空の空気が澄みきってより透明度の高い夜空になったのではないかと考えられる。
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池ノ平山には登れなかったが、美しい夜空を堪能できたのは昼間から降り続けた雨の恵みなのだろうと思った。主人と星空を眺めていたがじっとしていたら寒いので私は先に小屋に帰って寝る事にした(20:00)。

小屋も消灯の時間でそろそろ全員が寝床に着く時間であった。私が寝床に着こうとS氏の前を横切る時に「今、星がめちゃくちゃキレイですよ!」と教えてあげた。
「主人は?」と聞かれたので「テン場」「月は?」と聞かれたので「まだ出てない」と答えて寝床に着いたら!!!隣で寝ていた女性までもが「星・・・!!」と聞いて起き上ってきたと思ったらお外へ飛び出して行った。
写真好きなお客様方が十数人消灯時間にも関わらずカメラを持って出て行ってしまった。

一時間くらいしたら灯りの消えた小屋に出て行った方が戻られた(^_^;)。
写真というものはただ目の前にあるものを写せばいいという単純なものではなく、気象・場所・季節・機材・腕・構図・・・・etcさまざまな条件が揃ってはじめていい写真が撮れたという事になる。
今宵の星空は大きな収穫であったのではないだろうか?
小屋のスタッフの中に写真好きな方がおられ、主人が以前撮った壁に飾られた写真を見てこの写真のような時期に撮りに行きたいがなかなかお暇をいただけないと言われていた。池ノ平山の紅葉したチングルマとチンネの写真)今宵の星空もスタッフなので仕事に追われそんな余裕はないと言われていた。(ToT)/
タイミングと運という目には見えないものが大きく左右されるものだと思う。みなさんいい写真撮れて良かったですね(*^^)v

10/8(月)本日は連休最終日とあってなんとしてでも奈良まで帰らなければならない日であるが、こんな山奥の秘境は来るのも大変だが帰るのも大変な所である(@_@;)。
小屋の朝食時間はよその小屋よりも早めの4:00に用意されるが、一刻でも早く出発するお客様が多いので一回目の食事には座席数が少ない為あふれてしまい、2回目の食事の用意が出来た時に朝食を済ませた。
5:30小屋を出発する事にした。
日の出時刻は6:00と言われて主人は後30分待てないかと名残惜しそうにしていたがいつ腰痛が悪化してペースが落ちるか分からないし、16:30室堂発の高原バスに間に合うか分からないので主人の気持ちを振り切って出発した。

昨日の星空では流れ星は見られなかったが何処かで流れているかも知れないし、澄んだ星空はなんだか願い事が叶いそうな予感がしたので「腰痛がなおりますように」とお願いをしておいたのが幸いしたのか、雨なので一日小屋の中でゆっくりできたのがよかったのかどうかは分からないが、調子はいいみたいで良かった。

峠に差し掛かると丁度6:00になった。
カメラをかかえて裏剣の写真を撮影している方が数名いらっしゃった。
そしてタイミングよく反対側の山の上から朝日が昇ってきた。(グッドタイミング)早めに出発したが日の出も拝めたし、少々角度は違うが朝日を浴びたチンネの写真も撮る事が出来て良かった。ヽ(^o^)丿
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来る時ぶうぶう言って登って来た仙人新道も楽々クリアして二股の河原まで下りて休憩した(7:30)。
これから先来た道を帰るよりくろよん方面へ下ってケーブルとロープウェイ・バス等を乗り継いで室堂まで行く方が早いと判断した。
時間をお金で買うという戦法である。

ハシゴ谷乗越方面に行く為に剣沢にかかっている橋を渡らなければならなかった(8:00)。
橋はホームセンター等で売られているアルミのはしごを縦に伸ばしたものに板をのせたものが2本かかっていた。
主人が恐る恐るゆっくり渡るので「ただのはしごじゃん」と言うと主人が「凍っているやん」と言った。
それまでは平気ですいすいと渡っていたが突然怖くなったかと思うと一歩踏み出すと本当に滑るすべる(ToT)/~~~
2M下は川が流れて滑り落ちたら濡れるしやばい感じ。
「落ちませんように」と心の中で唱えながらそろりそろり渡り終えた。(@_@;)
ハシゴ谷乗越を登り始めて少し経つ頃、私たちの後ろから来られていたテン泊装備の女性の悲鳴が轟いてきた(@_@;)
「まさか!落ちたのでは?」と思ったが河原はもう見えない場所まで来ていたので確かめる事はできなかったが、大丈夫だろうと思ってそのまま先を急いだ。
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ハシゴ谷乗越という名前がついているだけあって梯子がいくつもあってしんどかった。
足元ばかり見て歩いていると丁度背丈程の枝が所どころ歩道に飛び出してきていてよく頭やおでこをぶつけ星がチカチカ飛んだ。(ToT)

展望台から内蔵助平を見下ろした。
平野は草原で岩壁は錦(にしき)のじゅうたんのように紅葉が彩っていて美しかった。
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丁度峠にあたる場所なのでこれから下りになる。急な下りをしばらく下りていくと一般道としてはぎりぎりかなと思わされる程危険な場所が待ち受けていた。
ロープは備え付けられているが落ちたらやばい崖ぶちをトラバースするのである。
主人が「怖いこわーい」と大きな声で叫ぶのでどんなものかと覗いて見ると傾斜があって危ない感じだが、主人のおおげさなジェスチャーにびびらされた。
今までもっと危ない所を歩いた経験があるので私はたいした事はないと感じたので「あんたの声の方が怖い」と言うたら主人はショックを受けたのか渡り終えるとすぐに休憩していた。

内蔵助谷出合の手前で川の水を補給して先を急いだ。
この先は黒部川が流れているが飲み水としては内蔵助谷の水が適している。見た眼には黒部川もキレイに見えるが飲めるかといったら別問題である。
ここから先はそんなに危険な道はないが、アップダウンの多い道はなかなか先に行かせてもらえない感じだった。

黒部ダム下流の橋を渡っていると川の色がブルーに見えてキレイだったので立ち止まったりしながら渡り終えた。渡り終えると旧日電歩道登り口に監視員が暇そうに座っていた。
擦れ違うグループの方が私をみて「ずうと歩いて来て最後の登りだからきついよね」と言ったから「そうそう」と答えて交わした。

そしてようやく黒部ダムへの入り口に到着した(14:45)。
洞窟のような通路を通り抜けると、観光客でごった返しになっている通路を走り抜けて黒部ダムを渡り、室堂方面に向かうケーブル乗場着いた(15:05)。

ここで主人が切符を買うのに少々ややこしい買い方をする事になった。
と言うのも池ノ平小屋を出発する前に、室堂から立山駅まで往復券を買っていた女性から帰る方法を変更したのでと無料で片道切符を提供していただけるというラッキーな事があったからであった。
15:20発のケーブルカーに乗り込み、ロープウェイとトロリーバスを乗り継ぎ室堂についた。
高原バス最終の16:30までには余裕で到着したものの、高原バスを利用するお客様の数に驚かされたのである。
1階、2階、3階と列の最後尾は何処だろうかと辿って行くと、ターミナルの建物をはみ出してみくりが池へ向かう遊歩道までずらりと並んでいるのには驚嘆した。

天気にも恵まれ紅葉の美しい立山は、この日例年にない程の観光客でごった返しになっていたのである。
天気が悪かったらもっと早く下山される方が多かったかもしれないが、最終便ぎりぎりまでお山に居たいという方がほとんどだったのだろう。
最後尾を示すプラカードをもったお兄ちゃんもこんなに並ぶ事は初めてだと言われていた。
この様子だとバスに乗るまでしばらくかかると思い、上着をはおったりして暖かい格好をして長蛇の列の中に加わった。

アルペンルートで働いている従業員の方が何度も並んでいる人の人数を数えにやって来た。
その甲斐あってか思ったよりも早くバス乗り場に近づいて来た。
1時間程並んだ程度ですんで良かった。
早く多くのお客様を降ろそうと地元の観光バスも協力して美女平で下ろすバスや立山駅まで直通便を増発して早急な対応をされていた。
途中ケーブルに乗り換えるよりも直通便のバスに当たったので良かった。
たくさん歩いて来たのに想定外の列に並び、もう一歩も歩きたくない程であったからであった。

17:30に高原バスに乗り込む事が出来て安堵感を得た。
弥陀ヶ原辺りにさしかかるとちょうど雲海の中から夕焼けが現れてオレンジの光に包まれた。
鍬崎山も雲海に浮かんで見えた。
長い時間待って遅くなったけれど、夕焼けの時間にちょうど遭遇した事はラッキーであった。(*^^)v

19:00立山駅に着いた。
自家用車に乗り、森の雫温泉で汗を流した。
フロントの方が日帰り入浴は6:00までですが「いいですよ」と言ってくれて入浴する事ができた。
ホテルの広いお風呂は貸切でとっても気持ちが良かった。
男風呂の方も貸切だった様子で良かったようである。

富山市内で鉄板焼きのお店に入りお好み焼き・焼きそば等を食した。
今時珍しい、テーブルにて自分でなんでも焼くお店であった。
関西生まれの主人はお好み焼きを焼くのは手慣れている感じで美味しく焼いてくれた。
焼きそばソースは関西風というより関東風でちょっぴり辛い感じだった。
途中で仮眠をしながら北陸道~京滋バイパス~帰奈
奈良の自宅に帰りついたのは日付が変わっていたのは言うまでもありません。今回も無事に帰れてよかったです。


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